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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18821号 判決

主文

一  被告は、原告甲野春子に対し、三〇万円及びこれに対する平成八年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野春子のその余の請求並びに同甲野太郎及び同乙山花子の請求は、これをいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告甲野春子に対し五八〇万七三〇〇円、同甲野太郎及び同乙山花子に対しそれぞれ五〇万円及びこれらに対する平成八年七月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告甲野春子は、被告が設置する目白福祉専門学校の第二部医療情報心理学科の新入生募集に応募し、同学科への入学を許可されたにもかかわらず、入学式が終わり、新年度の授業が開始される時期に至って、初めて第二部医療情報心理学科が開設されないことを知らされたと主張して、原告甲野春子並びにその両親である原告甲野太郎及び同乙山花子が、被告の不法行為による損害賠償を請求する事件である。

一  争いのない事実

1 被告は、平成七年夏ころから、次のとおり、その設置する目白福祉専門学校の第二部医療情報心理学科の学生の募集を行った。

受付期間 一〇月一日から四月一五日まで

試験日 一〇月一日から四月一五日まで

選抜方法 作文、書類審査

検定料 二万円

入学手続 合格者は、合格通知書到着日より七日以内に学費を添えて手続を完了する。

2 原告春子は、同年一〇月二三日、検定料二万円を添えて、第一志望を第二部医療情報心理学科、第二志望を第二部福祉事業学科、第三志望を第一部医療情報心理学科として、目白福祉専門学校の学生募集に応募をした。

3 被告は、原告春子の右応募に対し、同年一〇月二四日付けで第二部医療情報心理学科の合格通知書を発送し、原告春子は、そのころこれを受領した。

4 原告春子は、右合格通知書の指示に従い学費九九万八〇〇〇円を納入し、同年一一月六日付けで、入学許可証を受領した(入学を許可された学科については、後記認定のとおり。)。

5 原告春子は、平成八年四月二〇日に挙行された目白福祉専門学校の入学式に出席し、同月二三日から二六日までの間、大島セミナーハウスにおける合同研修旅行に参加した上、同年五月七日の授業開始日に目白福祉専門学校に登校したところ、平成八年度は第二部医療情報心理学科が開設されていないことを初めて知らされた。

6 原告春子及び同乙山は、翌五月八日、目白福祉専門学校において、被告の理事である野口しょう兵(以下「野口理事長」という。)と面会し、退学したいとの意思を明らかにし、野口理事長の了解を得るとともに、同理事長は、原告春子が納付済みの検定料及び学費(以下「学費等」という。)に相当する一〇一万八〇〇〇円を原告乙山が指定した同人名義の口座に振り込み、これを返還することを約した。

7 被告は、同月一〇日、一〇一万八〇〇〇円を原告乙山の指定口座に振り込み、返還した。

二  原告らの主張

被告は、原告春子に対し、第二部医療情報心理学科への入学を許可しながら、平成八年度において同学科を開設せず、原告春子が同学科で授業を受ける権利を侵害したものであり、これにより、原告らは、次の損害を受けた。

1 原告春子

(一) 被告による入学許可を受けてから翌年度の進路決定までの一年五か月を無為に過ごさざるを得ないことによる逸失利益

二八〇万七三〇〇円

(二) 精神的苦痛に対する慰謝料

三〇〇万円

2 原告甲野太郎及び同乙山

精神的苦痛に対する慰謝料

各五〇万円

三  被告の主張

1 被告は、原告春子に対し、第一部医療情報心理学科への入学を許可したものであり、第二部医療情報心理学科への入学を許可したものではない。

2 原告春子は、母である原告乙山も同席の上で、平成八年五月八日、被告の代表者である野口理事長との間で、本件入学をめぐる紛争につき、被告が学費等一〇一万八〇〇〇円を返還することにより、これを解決する旨の和解契約を締結した。

3 仮に、和解契約の成立が認められないとしても、被告は、本来返還義務のない学費等を全額返還し、大島セミナーハウスにおける合同研修の費用を徴収することなく、原告春子の希望どおりに入学がなかったことにする措置を執ったのであるから、第二部医療情報心理学科が開設されないことによって原告らが主観的に何らかの苦痛を受けたとしても、それは受認限度内にあるものというべきである。

第三  争点に対する判断

一  第二部医療情報心理学科への入学許可の有無

原告春子が第一志望を第二部医療情報心理学科として目白福祉専門学校の平成八年度の新入生の募集に応募し、第二部医療心理学科の合格通知を受領したことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、《証拠略》によれば、(1) 被告が原告春子に対して交付した入学許可証には、入学が許可された学科について、医療情報心理学科とだけ記載があり、第一部又は第二部の区別は記載されていなかったこと、(2) 原告春子が受領した学生証には所属学科として医療情報心理学科とだけ記載があり、第一部又は第二部の区別は記載されていなかったこと、(3) 原告春子は、入学式及び大島セミナーハウスでの合同研修に医療情報心理学科の学生として参加したが、その際にも第一部又は第二部の区別が明示されることはなかったこと、(4) 被告は、介護福祉学科については、応募者に対し、応募順に面接試験を実施しているが、他の学科については、書類選考により特段の不合格事由がない限り、定員に達するまで第一志望の学科について合格とし、所定の入学手続を執った者に対し入学許可をする取扱いをしていたこと、(5) 被告においては、平成八年度は第二部医療情報心理学科に入学許可をした学生はいないという事務担当者の報告に基づき、平成八年三月に開催された理事会で、同年度は同学科を開設しないことを決定したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実関係、特に、被告が平成八年度は第二部医療情報心理学を開設しないことを決定したのは原告春子に対する入学許可の後であり、入学許可の当時は、同学科の開設が予定されていたことや、被告の入学許可に関する右(4)の取扱いにかんがみれば、被告は、原告春子に対し、第二部医療情報心理学科への入学を許可したものというベきであり、入学許可証に第一部又は第二部の区別が記載されていないことをもって、被告が第一部医療情報心理学科への入学を許可したと認める余地はない。そして、被告は、原告春子に対し第二部医療情報心理学科への入学を許可していながら、第二部医療心理学科に入学許可をした学生はいないとの事務担当者の報告を安易に信用し、平成八年度において同学科を開設しなかったものであるから、その過失により、原告春子が同学科で授業を受ける権利を侵害したものといわざるを得ない。

二  和解契約の成否

《証拠略》中には、野口理事長は、平成八年五月八日、原告春子及び同乙山から面会を求められた際に、原告春子の転部又は転科の意向を確認したが、原告乙山は、その意向のないことを明言し、学費等を返還してくれの一点張りで、その返還さえしてくれれば後は何も問題がないとの趣旨を述べたとの部分があり、乙一四号証にもその旨の記載部分がある。しかし、《証拠略》によれば、原告春子は、授業開始日である平成八年五月七日、入学したはずの第二部医療情報心理学科が開設されていないことを初めて知らされ、翌八日、母である原告乙山とともに野口理事長と面会したものであり、原告乙山は、原告春子が、右のような仕打ちを受けて、もはや被告において授業を受ける意思のないことを明らかにすることだけを考えて野口理事長と話をしたものと認められ、本件全証拠を精査しても、被告が第二部医療情報心理学科を開設しなかったことにより原告らが受けた損害の有無やこれに対する賠償の要否、その額等について具体的に取り上げて話合いがされたことは全くうかがわれない。そうであれば、右同日の話合いにおいては、被告が第二部医療情報心理学科への入学を許可したことによって被告と原告春子との間において成立した入学契約を解約することについて双方が合意したにすぎないものと認めるのが相当であり、《証拠略》によっても、被告が主張する和解契約の成立を認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はないものというべきである。

三  原告らの損害について

1 原告春子の損害について

まず、原告春子の財産的損害について検討すると、被告が平成八年度において第二部医療情報心理学科を開設しなかったことにより、原告春子がその主張に係るような財産上の損害を受けたものとは認めることはできない。

次に、慰謝料について検討する。原告春子は、平成八年三月に高等学校を卒業し、同年四月からは被告から入学を許可された第二部医療情報心理学科に入学し、勉学をすることを予定していたところ、授業開始日である同年五月七日になって初めて同学科が開設されていないことを知らされたものであり、これによって、平成八年度における生活設計を少なからず狂わされ、受忍限度を超える精神的苦痛を受けたことは明らかというべきである。被告は、原告春子の希望に従い入学をなかったものとし、かつ、返還義務のない学費等を返還したことなどを考慮すれば、原告春子の苦痛は受忍限度を超えるものとはいえないと主張するが、原告春子に対し、第二部医療情報心理学科への入学を許可しながら、被告が同学科を開設しなかったことは、その入学契約上の債務の不履行に該当し、同契約の解除事由に該当するものというべきであるから、被告が学費等の返還義務を負わないことを前提とする被告の右主張は、その前提を欠く。被告が右主張の根拠として指摘する乙二号証(募集要項)には、納入された学費、諸経費等は理由の如何にかかわらずお返し致しませんとの記載があるが、右記載は、被告の債務不履行により入学契約が解除され得る場合までも予定した記載であるとは解し難い。

もっとも、第二部医療情報心理学科への入学は事実上無試験で決定されること、野口理事長は、原告春子に転部又は転科の意向を確かめるなどして善後策を講じようとしたこともあったことは前記認定のとおりであり、さらに、《証拠略》によれば、野口理事長が転部又は転科を勧めた学科は、原告春子の当初の第二、第三志望の学科でもあり、第一部医療情報心理学科については、開設の時間帯が第二部とは異なるものの授業内容は異なるものではないことが認められる。これらの事情をも考慮すると、原告春子が受けた右の精神的苦痛を慰謝するために、被告に慰謝料三〇万円の支払を命ずるのが相当というべきである。

2 原告太郎及び同乙山について

原告太郎及び同乙山が、原告春子の進学をめぐる本件紛争により親として心を痛めたであろうことは推認するに難くないが、その精神的苦痛は、金銭の支払をもって慰謝すべき程度に達するには至らないものというべきである。

四  結論

よって、原告春子の請求は、被告に対し、三〇万円及びこれに対する不法行為の日以後である平成八年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求並びに原告太郎及び原告乙山の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引万里子)

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